飽き性について考えた

「人は毎日食べたり眠ったりすることには退屈しない、なぜなら空腹はまた生まれるし、眠気もそうだからだ。さもなければ退屈するだろう」


これはパスカルの引用です。飽きるとか、飽き性というのはなかなか良い意味では使われることのない言葉である上に「責任感がない」とか「薄情」っぽさを彷彿させるワードでもあります…!あんまり知らない人に「おれ、飽き性なんだ」とか言われたらとんでもない薄情野郎みたいなイメージを抱かなくもないですよね…。飽き性とは本人は気持ちいいかもしれませんがなんとなくネガティブワード。

けれども「飽きる」のは「なにかが満たされたから」とも言えます。

「足るを知る」ではないけれども、「飽きたわー」と思う時は、なにかが満たされたと考えられなくもないのです。

そう考えると「飽き性」という言葉が不義理感あるのは、「満たされて執着しなくなった」感からきてるのかもしれないですね。


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